読書には結末が無い

まさのりのノート

『理念経営2.0ーー会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』を読んで

P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手掛け、ソニー クリエイティブセンターにてソニー全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わった後、共創型戦略デザインファームBIOTOPEを設立した佐宗邦威さんの書籍『理念経営2.0』。彼はイリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)の修士課程も修了してる。

ミッション・ビジョン・バリューは必要なのか?

最近疑問に思うことがある。「ミッション・ビジョン・バリュー(以下、「MVV」)」の明文化を求められることが多くある。しかし、本当にそれは必要なものだろうか。

「MVVというものがあり、それが意思決定の際に最終的な拠り所になる。」ー そういうことをどこかで聞いて、疑問も抱かずそれを受け入れているだけなのではないか。みんなは自分の所属する組織のMVVを覚えていて、それを拠り所にしたことはあるのだろうか。

 

先日、自社のMVVの策定に参加した会社員の方々とお話をさせていただいた。そこで、僕は当時持っていた疑問について率直な質問をさせてもらった。本当にミッション・ビジョン・バリューというものが必要なのか。また、それが意思決定のときの拠り所になったことなんてあるのか。

そして、MVVの策定をするとき、一体、何を拠り所にしたのか。

 

そんな疑問を感じている最中、佐宗邦威さんの書籍『理念経営2.0』の出版がすぐに迫っているとの情報を知り、早速Amazonにて予約をした。

企業経営の複雑さと難易度

組織規模が小さいうちは、とにかく売上高と利益をだすことが全てだった。複雑性が低く、売上高さえ獲得すれば利益も自ずとついてくる。経営の難易度は「売上高をいかに獲得していくか」にしか無かったかのように記憶している。しかし、会社が成長を重ね、顧客の数や従業員数が多くなり、さらに多様性を許容していくようになると、会社経営は複雑に難しくなった。

 

自社の状況だけでなく、外部のビジネス環境も同様のことが起きているようだ。佐宗さん曰く『米経済団体ビジネス・ラウンドテーブル(BRT)が2019年8月に発表した「顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、株主といったすべてのステークホルダーの利益のために会社を導くことにコミットする」という声明は、潮目が変わる大きなきっかけとなった』とのこと。

この声明後、株主中心主義から各ステークホルダーの利益を最大化するステークホルダー資本主義への移行が始まったようだ。株主に対する金銭的なリターンの最大化へのコミットメントから、顧客・従業員・株主・パートナー企業・地域コミュニティ・環境(や将来の世代)という6種類のステークホルダーへのコミットメントが重視されるビジネス環境になり、企業経営の難易度は一気にあがった。

 

さらに、事業を継続する難しさ、社会的な意義と事業とを両立させる難しさ、社員を組織に繋ぎとめる難しさ、変革・創造のプロジェクトを進める難しさもあると、佐宗さん。

やっぱり、ミッション・ビジョン・バリューは必要

MVVは本当に必要なのか。疑問を感じながら本を読み進める。

 

なぜMVVが必要なのか。佐宗さんは、渡り鳥が群れをなして遠い目的地まで辿り着くやり方をアナロジーとして使い、群れとして1つの組織を作っている「これからの企業のあり方」を説明している。

バラバラの個体が1つの群れをなして飛ぶためには、未来の景色という方向感覚としてのビジョン、中本共有する価値観という距離感覚のためのバリュー、そして、未来に向けた意思の矢印という中心感覚のためのミッションが必要なのだ、と。

 

この説明はビジョン型のカルチャーモデルをベースに書かれている。僕はこの辺がちょっと違って、ミッション型のカルチャーモデルを好んで使っている。中心的な活動としてミッションを遂行し、その成果目標をマイルストーンにして中期ビジョンとして計画していくやり方。それは、僕がたとえば、「〇〇のミッションを進める中、契約者が〇〇名になる」というような「数字付きのビジョン」を大事にしている点にあると思う。また他には、未来の景色は社会が作るという感覚があるせいかもしれない。

 

読後、未来の景色をもう少し自分たちで決めてもいいかもしれないな、と思えるようになった。

センスメイキング理論とナラティブ

MVVを会社の理念として作ることが大事だということは、群れが目的地に向かうために必要だということはなんとなくわかった。この書籍を読む前の「問い」に戻ろう。それ(MVV)が意思決定のときの拠り所になったことなんてあるのか。拠り所にしようと思うくらいの何かがあったとき、すでに「MVV」は傍に置かれている状態になっていることの方が多いのではないかと思う。どうだろう。

 

おそらく次に必要なのは「浸透」だ。

 

佐宗さんは「経営者も確固たる答えや、答えを出すに足る情報を持っていない。企業理念もトップが作るのではなく、みんなで作ったほうがいいし、理念の解釈やそれを元にした行動も、大前提を共有しながらそれぞれの人が自分なりに判断して起こしていくことが望ましい」と言う。確かにその通りで、僕も賛成する。そして、佐宗さんは不確実な環境の中で各人の意味づけに基づいて意思決定をしていくセンスメイキング理論を紹介てくれた。おそらく、これだ。きっと、このセンスメイキング理論が「浸透」につながるのだ。

 

佐宗さんはこのセンスメイキング理論のことを『決まった答えが見えないなかで、各社員がそれぞれの置かれた環境下で見ているものを自分なりに感じ(Scanning)、解釈して(Interpretation)、持ち場に戻って実行・表現(Enactment)することで、意味づけしていくプロセス』と説明している。少し難しいが「正解かどうかわからないが、社員一人一人が納得感を持ち、前進することで目標を達成すること」のようだ。


例として挙げられる話として「ピレネー山脈で雪中行軍中だったハンガリー軍偵察部隊が、猛吹雪に阻まれ遭難しかけた際、ポケットにはいっていた地図を見つけ、部隊は落ち着きを取り戻して大まかな方向を目指して進み、無事に下山することができが、隊員が発見したのはなんとピレネーの地図ではなく、まったく異なるアルプス山脈の地図だった」というものがある。間違った地図でもみんなが納得して進むと遭難してても下山できるという話だ。この話の中ではMVVが地図といったところだろうか。

読んでいないが、詳しくは入山章栄さんの「世界標準の経営理論」で説明されていると思う。

MVVを土台に『私たちの会社はどこから来て、どこへ向かうのか?私たちはなぜここにいるのか?』という問いの答えを会社のナラティブ(物語)にする。そして『私はどこから来て、どこへ向かうのか?私はなぜここにいるのか?』を一人一人が語りセンスメイキングし、その会社と個人のナラティブを統合していくことが、次の新しい行動につながるということのようだ。MVVに個人個人が想いを巡らせナラティブを語れる隙間があり、各自が自身の言葉でナラティブに語れるようになっていく過程が「浸透」なのだろう。

 

そして、その組織のナラティブと個人のナラティブが重なり合うところが「エンゲージメント」と呼ばれるところなのだろう。

ナラティブでいこう

MVVは一人一人が納得感をもって働くための地図や土台として大事だということがわかった。でも、あるだけでは意味がない。経営者のトップダウンではうまくいかない複雑な社会になっている中、各個人の判断能力が以前よりも増して求められていることもわかった。『私たちの会社はどこから来て、どこへ向かうのか?私たちはなぜここにいるのか?』『私はどこから来て、どこへ向かうのか?私はなぜここにいるのか?』に答えるナラティブを紡ぎ、会社や各個人が次の行動を決めることができるようになることもわかった。

そして、必要なのは、各個人個人がナラティブを語る勇気だと思った。恥ずかしがらずに語っていこう。もっと、ナラティブでいこう。

 

そういえば、尊敬する社員から『ストーリーとしての競争戦略』という書籍を勧めてもらった。これも読んでみよう。

読書には結末が無い。