読書には結末が無い

まさのりのノート

『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』を読んで

神戸大学大学院経営学研究科准教授である吉田満梨さんの書籍。

京都大学経営管理大学院「哲学的企業家研究寄附講座」客員准教授も兼任しており、 専門はマーケティング論で、特に新市場の形成プロセスの分析に関心を持ってらっしゃるとのこと。

2023年に書かれた論文『パートナーとの協働を通じた起業家の目的形成』において、調査していた著者のうちの一人でもある。内容は2004年3月に福岡市で創業し、2022年6月に東証グロース市場への上場を果たした「株式会社ヌーラボ」の事例研究を通じて、起業家がスタートアップの起業、成長、株式上場(IPO)といった目的を、どのようなプロセスを経て形成するのかというものである。

その論文中でも、エフェクチュエーションに触れられており、とても興味深いものになっていた。

コーゼーションとエフェクチュエーション

ビジネスのさまざまな意思決定には、成功するかどうかを事前には正確に予測できない不確実性が伴いますが、これまでの経営学では、こうした不確実性への対処に共通する基本的方針として、「追加的な情報を収集・分析することによって、不確実性を削減させる」ことが目指されてきました。それゆえ私たちは一般に、不確実な取り組みに際しては、まず行動を起こす前にできる限り詳しく環境を分析し、最適な計画を立てることを重視します。目的(たとえば、新事業の成功)に対する正しい要因(成功するための最適な計画)を追求しようとする、こうした私たちの思考様式を、サラスバシーは、「コーゼーション(causation:因果論)」と呼びます。しかし、意思決定実験の結果は、高い不確実性への対処において熟達した起業家が、必ずしも予測可能性を重視するコーゼーションを用いておらず、対照的に、コントロール可能性を重視する代替的な意思決定のパターンがみられることを示すものでした。

今ではあまり見かけなくなったが、一時期、新しい会社を設立した人に対して「目的が明確ではないのに起業するな」という批評をソーシャルネットワーク上で見かけることがあった。また、僕個人がメディアのインタビューを受けるときも、「起業の目的」を聞かれることが多い。ところが僕は、強い目的意識を持って起業したわけではないし、目的を持たない起業もあり得ると思っている。なので、目的を聞かれてもうまく答えることができない。

つまり僕はこれまでの経済学(コーゼーション)の中で起業したのではなく、その外側で起業したことになる。おそらくエフェクチュエーション的な起業だ。被害妄想に過ぎないのだろうけど、今までコーゼーション的な思考を持つ人からはずっと否定をされていた気がしている。「エフェクチュエーション」という単語を耳にして、調べてみたとき、なぜか救われた気持ちになった。必ずしも計画性が重視されるコーゼーション的な思考だけが正しいわけではなく、僕のようなエフェクチュエーション的な思考の人も存在していいのだ。

しかし、このエフェクチュエーションについて、僕は熱烈に支持したいけど、一般化するかどうかに関しては懐疑的ではある。

世の中、まだまだ世の中はエフェクチュエーション的な思考を許してないと思う。僕はコーゼーション的思考の組織が、マイノリティーなエフェクチュエーション的思考を受け入れるようなことは絶対に起きないと信じてしまっている。

世間的にはコーゼーション的思考のアプローチの方が正しいと捉えられている気がするし、エフェクチュエーション的な思考法に対してコーゼーション的な反論されると非常に弱い。世の中から受け入れられる前の「アジャイル」と「ウォーターフォール」の関係性にも近い気がする。

おそらく、大事なのはコーゼーション的思考に対して論理武装の弱いエフェクチュエーター(エフェクチュエーション的な思考の人)が、コーゼーションをうまく利用するようになることだ。僕は「エフェクチュエーション」と「コーゼーション」を、ソース原理における「ソース」と「業務協力者」の関係に似ているのだろうと推測した。そして、エフェクチュエーターがコーゼーションを利用するためのヒントが、この書籍に書いてあるかもしれないと期待して、書店で本書を手にして購入した。

5つの原則

書籍のまとめのような内容になるが、エフェクチュエーションとは一体何なのか、をまず共有したい。

エフェクチュエーション(Effectuation)は、起業家精神とビジネス創造に関する理論。予測可能性が低く、将来が不確実な状況での意思決定の思考法。従来のコーゼーション(因果関係)に基づく意思決定プロセスとは異なり、利用可能な資源から出発し、目標や機会を逐次的に形成して、結果を創り出していくことに重きを置くアプローチ。特に新しい市場や技術が関わる革新的なプロジェクトやスタートアップ企業において、不確実性の高い環境下での意思決定を支援するために利用される。

「手中の鳥」の原則 (The Bird in Hand Principle)

利用可能な資源からスタートし、それを基盤として機会を探求する。起業家は、「自分は何者か(Who I am?)」(自身の特徴、選好、能力)「自分は何を知っているか(What I know?)」(自身の教育、専門性、経験)「自分は誰を知っているか(Who I know?)」(自身のネットワーク)を使って何ができるかを考える。

コーゼーションでは、特定の目標を定めた後、その目標を達成するために必要な資源を集めるアプローチを取る。ここでは、目的が手段を決定する。

「許容可能な損失」の原則 (The Affordable Loss Principle)

リスクを取る際に、起業家は許容できる損失の範囲内で行動を決定する。これは、潜在的なリターンではなく、失うことが許容できる範囲でリスクを管理することを意味する。はじめから大きなリターンを求めて投資するのではなく、損失を想定して小さく事業を開始することで、失敗から学びながら次の機会を探る。

コーゼーションでは、期待リターンを最大化するためにリスクを分析し、計画する。ここでの意思決定は、予想されるリターンに基づいている。

「クレイジーキルト」の原則 (Crazy-Quilt Principle)

ステークホルダーとの協力とコミットメントを通じて新しい機会を創出する。競争よりも共創とパートナーシップを重視する。競合も含めた多様なステークホルダー(従業員・取引先・顧客・政府など)と交渉しながらパートナーとして関係性を築き、パートナーの持つ資源を活用して価値を生み出す。

コーゼーションでは、市場分析や競争戦略を通じて機会を特定し、それに基づいて行動する。市場の需要や競争の構造が意思決定に大きく影響する。

「レモネード」の原則 (Lemonade Principle)

予期せぬ出来事や障害を機会として捉え、それを利用して新たな方向性を見出す。柔軟性と適応性が重視される。「レモンを掴まされたら、レモネードを作れ」(when the life gives you lemons, make lemonade)という諺をもとにしたもので、困難をチャンスと捉えて成功を導く。

コーゼーションでは、予期せぬ出来事は計画の逸脱と見なされ、これを最小限に抑えるためのリスク管理や緩和策が重要視される。

「飛行中のパイロット」の原則 (Pilot-in-the-Plane Principle)

起業家が未来を予測するのではなく、自らの行動を通じて未来を形作るという考え方。コントロール可能な要素に焦点を当て、積極的に未来を創造する。

コーゼーションでは、未来は計画と予測によってコントロール可能と見なされ、長期的な戦略と目標設定が中心となる。外部環境の変化を予測し、それに対応する形で計画を立てる。

 

と、まあ、そのような原則で、読むと分かるが原則同士が影響し合っていたり、重なり合っていたりするので、多少複雑性がある。そこも面白味だなあと、感心して読むくらいがちょうど良さそうだ。

エフェクチュエーターがどのようにコーゼーションの中で生きていくか

コーゼーションは「計画」に、そしてエフェクチュエーションは「行動」に趣を置くので、計画を優先するとエフェクチュエーションは弱く、行動を優先するとエフェクチュエーションの方が早めに実績を出せる。

しかし、もしも「コーゼーション VS エフェクチュエーション」の構造があるとした場合、マジョリティであるコーゼーション側から始まるゲームになる。つまり、計画を最初にしなければならない。なので、エフェクチュエーターは、そこで生き残っていくための戦略が必要になる。

そのヒントは、本書の10章の「企業でのエフェクチュエーションマネジメント」にあり、サイボウズ社での出来事を例に取り、わかりやすく説明があった。

事業計画を目標ではなく「見立て」として捉える

事業計画を目標として作るのではなく、計画を実行すればこうした数字になりそうだという仮説を作る。すると、その事業計画は<手の中の鳥>の「自分は何を知っているか(What I know?)」の要素にもなる。それをベースに<許容可能な損失>を割り出して、その範囲の中でマーケティング施策を回し、予定していなかった<クレイジーキルト>を生み出したら事業計画を修正する。

振る舞いはコーゼーションとあまり変わらないけど、あくまでも目標を固定するものでも、予算を確保するための事業計画ではなく、「見立て」として次の手段を受け入れるための事業計画を準備する。

注意すべき点は、事業計画を見せる相手に説明するときも見立ててあることを知らせておく必要があるとのこと。

相手が「見立て」であることを受け入れてくれるのであれば、良い打ち手かもしれない。さらに加えて、次の要素があると良いのかもしれない。

企業のビジョンや存在意義を利用する

エフェクチュエーションは、最初の時点で目的が明確に設定されているわけではない。でも、やろうとしている取組みを会社として、組織として、なぜやるべきかを提示するのも良さそうだ。会社のビジョンを達成するための手段として意味づけを行えば、説得できる方法の一つとして利用できる。

そのためには、ビジョンを形骸化されずに活性化されておく必要がある。さらに、「なぜやるべきか」、どのようにビジョンに関わってくるのかわからない場合は、次の打ち手を実行すると見えてくるものがあるかもしれない。

こまめに広く関係者と抽象度が低いやり取りを行う

本書の中では「タバコ部屋」のメタファーが使われていたが、実際に手持ちのアイデアがあったら企画書を作るのではなく、実行可能な具体的な資料を作り、非公式にこまめに広く関係者に共有することが有効なようだ。

実行可能な具体的な資料があることで関係者は理解を深めて、<許容可能な損失>が理解できるので、実行を可能にすることができるようだ。

そして、少しでも実行できたら、ビジョンとの関わりを探し、意義をしっかりと持たせ、さらに事業計画を見立てとして作ることができる。

 

さらに、この書籍を読んでいるとサイボウズ社の青野社長のエフェクチュエーションへの理解がとても大事だったということがわかる。もしかすると、それがなければ、エフェクチュエーターがコーゼーションの仕組みの中で活躍できなかったのかもしれない。

多くの企業に、青野社長やその周りの環境があるとは限らない。そんな場合、エフェクチュエーターはどのような戦略でエフェクチュエーションしていけば良いのだろうか。

読書には結末が無い。